目の眼京都迷店案内

其の六拾八古美術いもと

2022.09.15

私の京都との最初の接点は、中学生の頃に良く聴いていた深夜放送から流れるフォークソングであった。当時、岡林信康や高田渡などの歌う反戦歌が収録されたレコードを集め、「ほんやら洞」や「京大西部講堂」などという言葉に胸をときめかせていたから、今は無き「ほんやら洞」に初めて行った時は感慨は一入(ひとしお)であった。そんなこともあり、実際京都に住むようになって15年。時折、その60、70年代の関西フォークやブルースに詳しい方に会うとつい話が盛り上がってしまうのだった。

「古美術いもと」のご主人・井本英樹さんは、昭和46年、兵庫県姫路に生まれた。大学で京都に来て、骨董屋でアルバイトをしたのがこの業界に入るきっかけだった。それまでは古物などにはほとんど興味もなかったという。当時はフォークソングに夢中になり、ライブハウスなどに出入りしていたというから骨董の仕事はほとんどアルバイト感覚だったのであろう。それが段々とモノが持つ力に魅せられるようになり、大学を卒業する頃には骨董の世界で生きていこうと腹を決めたという。アルバイト先に正社員として暫く働いた後、15年前に今のお店を寺町夷川に開いた。
「昭和40年代から60年代は青山二郎や白洲正子、土門拳などが活躍し、骨董雑誌が華やかな時代でした。私は年齢的に団塊ジュニア世代なので、やはりあの頃の人たちが持っていた熱量というのは憧れます。今はクールで、お洒落な骨董が人気ですが、そういうのも良いのですけれど、私はやっぱり汗臭い骨董が好きですね」(笑)

お店を見渡すと、上がり框の先には二畳の小間に炉が切られ、床には李朝民画と龍の文様の白磁壺が置かれている。棚にも酒器や茶道具などがさりげなく置かれているが、凛とした空気が漂っている。唐津や李朝、六古窯などのモノに目に行くが、井本さんの裡ではやはり原点は日本民藝館であり、民藝なのだという。それだけに昨今の民藝ブームには思うこともいろいろと在るようだ。
「まず民藝というのは好きな人の数だけあるので、なかなかこれが民藝だって言えないですよね。モノを見て民藝という言い方もするし、生き方が民藝的であったりとか、い わゆる柳さんがやってたことが民藝だっていうことなのか。好きなんだけどそこが難しくて解らないという人が多いんだと思います。ホンマに捉えどころがないんですよ。でもあまりむづかしく考えてはダメだと思いますし捉えどころがないが故に面白さがある訳じゃないですか。日本民藝館にあれだけ古くて良いモノがあるにも関わらず、今の民藝を語る人たちは古いもんを跨いでいかれるわけです(笑)。そういう現実がまずあります。解らないから、解らな いで終わってしまうわけですよね。僕らは骨董屋ですので、そのわからない部分をちょっとでも解(ほぐ)したいというのはあります。やっぱり民藝の美に救われている部分もとても大きいので、恩返しとまでは言わないですけれど、そんなことができたらと思います。だから雑誌『民藝』にも広告出したりとか、兵庫県民藝協会のお手伝いとかもしたりしてます」と井本さんは仰った。

「自分の中でもブームはありますが、昔は手に取らなかったモノが好きになったり、知らないモノでも興味が湧くと扱ってみようかなと。私自身には蒐集癖はありませんが、自分も楽しみたい質なので。本当に好きなモノだけでやるとお店がマニアックになり過ぎてお客様がついてこれなくなるし、上手くいかないと感じることも正直あります。でも最後はやはり、民藝や李朝に戻ってきます。そこをどれだけ深めることができるかというのが、私は大切な気がしているので」

 たとえどんなに好きなことでも、この世界にはゴールはなく、悩みも多い。それを救ってくれたのはお茶だった。
「やはりお茶をすることが一番勉強になりました。作法を何にも知らずに、やれ、お茶碗だ、水指だと今まで扱ってきましたけど、実際にお茶をやっているのとそうでないのは大違いで、これは使い易いとか使い難いとか、それがちょっと分かると全然見方が変わりますね。お茶を習い出して感じたのは道具の素晴らしさです。お店においでになる方にも、お茶を通じて古いモノの良さを知る機会になっていただけたら嬉しいと私は思っています」
 道具だけではなく、出遭ったのが薮内流の吉田常茗さんだったのも、本当に大きかったと井本さんはいう。薮内流が一番利休の点前に近いのではないかと、全ての流派のお点前をご存知の研究家の方が書かれた本の中に記されているそうだ。そして師匠でもある吉田さんのお茶人としての生き方にも、 井本さんはとても惹かれているのだという。お茶も民藝も、煎じ詰めれば人の生き方といえるのかも知れない。

今、井本さんが一番やりたいのは、お店をサロンのようないろいろな人たちが集まる場にすることだという。
「私は人と会うのが苦手やったんですよ。ほんまは今でも苦手なんですが、最近はお茶を始めたこともあって、人と会うのが楽しくなって来ました。それに年齢的にも何かを言っても、納得していただける年齢になってきたからでしょうか。いろいろな人に会いたいというのはあります。商売だとか関係なく、其其のジャンルの中で、ポジションを確立されたり、道を極めた方のお話をお聞きしたいですね」


最近、骨董とは何だろうと改めて考える機会があった。古美術と骨董の違い、民藝と骨董の違い等いろいろと考えるうちに、モノを介して自分を内観するのが骨董で、モノが生まれた背景や作った人の気持ちに目を向けるのが民藝か、などと想ったりもしたが結論は出ない。自分にとってそれが美しいかどうか、欲しいか欲しくないか。それだけでいいのかも知れない、余計なことは考えずに。

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『目の眼』の読者の方々は、骨董屋さんに行ったり、お茶会に参加されるのも比較的普通のことだと想う。そこでは老若男女、職業や国籍などあらゆる垣根を越えて話ができるし、いろいろな世界を覗くことができる。骨董の細くて長い階段を登り、山門をくぐると茨の道が待っていると井本さんは笑って仰るが、それが楽しくて仕方がないという。
貴方にとって骨董とはなんですか?

(上野昌人)

店名 古美術いもと
住所 京都市中京区夷川寺町西入丸屋町698 >>Google Mapへ
電話番号 075-204-8852
URL https://art-imoto.jp
営業時間 11時~18 時 不定休(但し、仕入れ等のため不在有り。HPで要確認)
アクセス:市営地下鉄東西線京都市役所前駅下車徒歩7分