目の眼京都迷店案内

其の六拾九烏賀陽百合(うがや ゆり)

2022.10.15

私の住む場所は衣笠山の麓にあたり、静かで緑あふれる場所である。その所為であろうか小野竹喬、土田麦僊、木島櫻谷、神戸に移る前の村上華岳などのビッグネームから、甲斐虎山のように無名の南画家たちまで沢山の絵描きがこの地に住んでいた。北に龍安寺、南に妙心寺、東に等持院・真如寺、西に仁和寺という名刹に囲まれ、まるで観光地の中に住んでいるような気もするが、実際には京都の鄙(ひな)であるから常の暮らしはとても静かである。

というわけで散歩コースに私は事欠かない。近所には農林試験場や竹林もあり、衣笠から双ヶ丘の間には大きな邸宅が多く、立派なお庭を持つ家も少なくない。ある日、等持院の前を歩いていると、観光ツアーと思しき団体とすれ違った。ふと見ると、庭園デザイナーの烏賀陽百合さんが先頭を率いているではないか。ちょっと驚いたが、烏賀陽さんの生業を考えるとこれは当然のことであった。

烏賀陽というお名前は珍しいと思うが、ご本人にお聞きすると全国に約20軒ほどあり、ほぼ親戚ということである。烏賀陽家のルーツはお寺だが、恐らく廃仏毀釈が原因で他の方に寺をお譲りし、曾祖父様は大学教授になられた。

「烏賀陽の菩提寺は今は真如堂です。江戸時代の後半くらいに名字を烏賀陽に改名したようです。『ウガヤ』にはサンスクリット語の『施す』という意味があるらしく、そこから取っていると思うのですが、『烏』は『烏枢沙摩(ウスサマ)』という炎の神様から一文字を戴いたようです。曾祖父のお寺は、それを祀っていたお寺だったので」と百合さんはいう。
百合さんは同志社大学文学部で日本文化史を学んだ後、園芸の名門といわれる兵庫県立淡路景観園芸学校で2年、カナダのナイアガラ園芸学校で3年学んだ。

「母はお花が好きだったので、子供の頃から周りに花がたくさん植えられていました。生け花もやっていましたが、どちらかというとお庭の花が好きでした。私は子供の頃から庭遊びをよくしていたので、お花のある庭がいいなとずっと思っていました。25歳くらいの時に、イギリスに短期留学したんです。その時にガーデンショーなどを見て、庭に関することを仕事をしたいなと何となく考え始めて。そこで帰国後、淡路景観園芸学校に行きました。最初はイギリス関連の庭や西洋庭園を勉強したいと思って行ったのです。その時に日本庭園史を習ったんですよ。
日本庭園が好きになったのはカナダにいた時です。5年間、京都から離れていたせいか戻ってきたら日本庭園がとても新鮮で、これは面白い!となって。多分、日本庭園の歴史や背景を理解すると景色が違って見えたり、謎解きというか、面白くなってきて。もともと知っていた日本の文化と庭園のことが、やっと一つに繋がったんでしょうね」

海外に出ることで、日本がよく見えるというのはよくあることであるが、烏賀陽さんも日本庭園の素晴らしさに目覚めたということであろうか。

「お茶や生け花をされている方は、お庭の話をすると、そういうことなのねってよく云わはります。知識をたくさん持っておられる方が、庭っていう媒体を通して更に理解が深まるんじゃないかと思います。醍醐寺の三宝院の藤戸石とかもそうですよね、蓬莱山とか。庭と能は密接に関わっていて。西洋の庭園史を見ていると、その国が一番栄えた時に、庭園文化も一番栄えているんです。イタリアの庭園もルネッサンス期ですし、フランス庭園もベルサイユ宮殿が栄華を誇った時代ですし。日本庭園もやっぱり、室町時代なんですよね。その時の文化を映しているのがお庭という気がします。龍安寺の石庭も、裏山の石を使っているかと思えば、青っぽいものも使っていたりして、かなり庭のことをわかっている人が造っています」

百合さんが庭が好きなのは言うまでもないが、実は石マニアだという。それもどうやらお祖父様の影響があったようだ。

「私のお祖父ちゃん、よく石を拾ってきて家族から顰蹙買ってました。それも割と大きいやつ・笑。でも庭造りを仕事にすると、石が面白いなと思ってじっくり見るようになりました。徳島の青石などで石垣を作っているのが徳島城で、全体に青く見えますし。金沢城の石垣は戸室石なので、水色やピンク色なんですね。石がその街の景色を作っていると思います。灯籠とかもあんなに沢山デザインがあるのは日本だけですね」と灯籠愛についても熱く語ってくださった。最近はツアーでも庭の話より、石の話がつい長くなってしまうのだという。

百合さんは、2017年3月N.Y.で行われたジャパンウイークというイベントで、グランドセントラル駅構内に日本庭園を作った。観光庁の依頼だったというが、その時にアメリカの人たちの日本庭園に対する反応がとても面白かったという。

「白砂はどんな意味があるの? とか、なぜ庭に苔を使うの? とか皆さんいっぱい聞いてくれはるんですよ。その時に、日本庭園をもっと伝えたいって思ったんですね。日本でもしイベントで日本庭園作っても、皆さん見たらパッと帰るじゃないですか。でもニューヨークの人たちって観に来ると半日くらい、中にはほぼ一日いはる人もいるんですよ。そこで本を読んだり、子供と遊んでたりするんですけれど、その感覚が逆に羨ましいなと。いいなあと思ったんですね。日本で日本庭園がそういう風になったらいいなあと」

ginka

最近は日本庭園を作ってほしいというオファーが、海外からも来るという。

「今、頼まれているのもちゃんとした、正式の日本庭園がほしいという依頼やったんです。それやったら受けよう、って思ったんですね。赤い太鼓橋作って、赤い鳥居を建てて欲しいっていうオーダーもたくさんあるんですが、それは本来の日本庭園の姿ではないのでお受けしません。日本庭園の魅力が伝わるということを大事にしたいなと」
本当は、日本人にこそもっと日本庭園のことを解ってほしいと烏賀陽さんは願っている。そのためにご自分で企画したツアーや講演会、その合間を縫って庭園の本の執筆もしているが、この5年間で7冊の本を上梓し、多忙を極めている。ぼーっとしたい時にはお気に入りのお寺に行くことと大好きなスイーツを楽しむことが息抜きの秘訣だというが、最近はそのスイーツも仕事になりつつあるようだ。お庭とスイーツのコラボレーションである。

お花の好きな御母堂と、山の本を出版したお祖母様とお祖父様の血が百合さんには流れている。これからもはんなりと、それでいてパワフルな京女の活躍は多くの人たちを楽しませてくれることだろう。楚々とした百合の花のように。

ginka

●撮影協力:
白龍園(はくりゅうえん)
住所:京都市左京区鞍馬二ノ瀬町106
開園時間:10時〜14時(受付13時30分まで)
※荒天時は足場が滑るため休園
お申し込み:「白龍園」ウェブサイトより
hakuryuen.com/plan/event/post-394/

草と本(くさとほん)
住 所:京都市上京区水落町87−2
※営業に関しては、ウェブサイトでご確認の上、メールにてお問合せください。
Kusatohon.com

(上野昌人)

店名 烏賀陽百合(うがや ゆり)
住所 >>Google Mapへ
電話番号
URL www.instagram.com/yuriugaya