目の眼京都迷店案内

其の六拾弍アーキペラゴ

2022.04.15

 

世界的に有名なファッションデザイナーのイッセイ・ミヤケの代表作の一つ、プリーツ・プ
リーズは軽くて皺にならず、着心地も良く、お洒落で機能的だ。このプリーツ・プリーズは折り紙
から着想を得たものだと聞いたことがある。言われてみれば確かに、用の美だ。ファッションと
民藝の美はすぐ隣り合わせにある。
 そういえば益子の「STARNET」を立ち上げた馬場浩史さんも、ファッションデザイナーであっ
た。今年で亡くなって10年になるが、馬場さんも民藝や柳宗悦の思想に興味を持っておられた。
やはり衣食住を考える時、民藝は無くてはならない存在なのかもしれない。

 丹波篠山市は兵庫県にあるが、京都の南丹市や京丹波町と隣接し、豊かな里山を形作ってい
る。元々は阪鶴鉄道と呼ばれていたJR福知山線の古市駅は、丹波篠山市の郊外にあり、その駅前
に 「アーキペラゴ」ができたのは6年前のことであった。「アーキペラゴ」というあまり聞きな
れない名前は、多島海(たとうかい)とか島嶼(とうしょ)、島々という意味がある。
「アーキペラゴ」は小菅庸喜さんと上林絵里奈さん夫妻が営むセレクトショップである。実はこ
のお二人とは、前職のアパレルメーカー時代からの知り合いでもあるが、昨年漸くお店に行くこと
が叶った。昭和15年に上棟されたという元JAの倉庫の建物は、小学校の体育館くらいの大きさ
であろうか。天井が高く、広々とした空間になっている。元からあったという格子も美しく、そ
こに洋服や器・日用品などが見事にレイアウトされていた。またその一角には絵里奈さんが営む
「オーロラブックス」の本や作家の作品なども置かれている。

 この二人には師と呼べる人がいる。その人は前述の馬場浩史さんである。10年前に55歳の若さ
で亡くなった。「アーキペラゴ」の二人は、某アパレルメーカーが立ち上げた「DOORS」という
ブランドに深く関わっていた。そしてその「DOORS」こそが、当時の部長と馬場さんの二人で作
り上げたブランドであったのだ。
 庸喜さんは埼玉県の出身で、20代の初めにご両親に連れられて、益子の「STARNET」に行っ
たことがあった。その時は何か自分の言葉では表現できないような「何、ここ」みたいな感じが
したという。大学で京都に来た時、「STARNET」を主宰している人がプロデュースしたお店が関
西に出来たという話を聞いて飛んで行ったのが、当時大阪の南船場にあった「DOORS」である。
その時から庸喜さんの気持ちは「いずれは、ここで」と決まっていたのであろう。
 一方、絵里奈さんは大阪の4年生大学の商学部で学んでいたが、就職氷河期の真っ只中であっ
た。そんな時にふと足を運んだ梅田の「DOORS」で、心が震えるような接客をされ、こんな会社
に入ってみたいなと、思ったという。何度目かのチャンスをものにして上林さんは「DOORS」に
入社し、バイヤーとして働きながらブログでお店紹介や本のセレクトなどをすることになる。や
がて旗艦店である南船場の「DOORS」に異動になるのだか、そこに小菅さんがギャラリー担当と
して関東から転属になってきた。これが二人の出逢いである。
 庸喜さんはブランディングディレクターとして、絵里奈さんはバイヤーと広報として働い
たが、大きくなった会社には小さな違和感が積み重なっていったのだという。そして二人は3年
をかけて、独立する準備をしていく。

 なぜ丹波篠山だったのだろうか。
「やるとしたらお店だったので、どういう場所がいいかと二人で話していくと、規模とかではな
く、住んでいる方たちの感度が高いことや、広葉樹が多いことでした。葉が落ちて、腐葉土にな
る土地が好きだったので。街のイメージが直ぐに湧かないような場所がいいと考えていたので、い
ろいろと歩いてみましたが古市は面白いかなと。10年前くらいにササヤマルシェというイベント
が年に一回あって、そこに当時勤めていたブランドが出店してたんです。そこで同世代で活躍して
る人とか、一回り上の世代の人たちと横のつながりが出来て、当時の大阪の住まいから1時間
ちょっとで来れたのもよかった。原材料がすぐそばにあるし、丹波焼がある、木工作家もたくさ
んいる。僕らも作家から直接作品を受け取れるし、お客さんにも直接手渡せる。そのものづくり
との距離感が大事だと思いました。また黒豆が代表するように、農作物も豊富ですし、暮らしが
とても豊かなんですよ」と庸喜さんはいう。
 知り合いのインテリアデザイナー夫妻にお願いして倉庫を改装し、自宅も近所に構えて小菅夫妻
の丹波篠山での暮らしは始まった。5年経って、感想を絵里奈さんに聞いてみた。
「越してきて良かったと思います。大阪に行く機会は以前より減りましたが、店がここにあると
本当にたくさんの方が来てくださるので、いろんな繋がりが増えて刺激が多いです。コロナ禍の
中、もし都会だったら、子どもも外に遊びに行かせられなかったかもしれないと思いますが、う
ちの子どもたちは普通に外で駆け回ってました(笑)」。

 この3月18日に、二人は旧知の仲であった佐田祥毅さんと共に会社を起こし、「素滋(そじ)
食堂」を「アーキペラゴ」の隣にオープンした。佐田さんの本職はデザイナーであるが、ライセン
スを持つ猟師でもある。地元の野菜と上手に血抜きされたジビエという、滋味溢れる食事がここ
で摂ることが出来る。
「車で来られた方には、篠山にはこんなお店もあります、とご案内できるんですけれど、電車で
来てくださった方には、歩いていける距離にお店がなかった。食べたりゆっくり寛いだり、ここ
で買ってくださった本を読みながらお茶できる場所が提供できればと思っていました」。
 才能のある人の元には、才能のある人が集まるのは道理である。佐田さんもその一人である
が、お店に来られる人もクリエイティブに関わる方も多い。「素滋食堂」を賄う方も元々はお客
さんだったというが、わざわざ古市のお店にまで行くことに意味があるのだと私は想う。簡単に
手に入るものには意味はないからだ。
「ものを売るって普段のその人の暮らしに深く関わることですし、どう買ったとか何を受け取っ
たかで、印象が変わるのではないでしょうか。値段とかじゃなくて、その場の空気感とかが心に
残ったりしますから。これからもしつこく丁寧にものを手渡していきたいと思います」。

 5年経って庸喜さんが感じたことは何だろう。
「二人で好きなことを追求していると3年目くらいから、そこを信頼し、付いてきてくれる方も
増えて来ました。過剰な演出もせず、家と同じように普通にしていればいいのかなと思えるように
なりましたが、上林はずっと変わらずそうだったので、とても助かっています」。
 お店の名前に込められた、港に浮かぶ小舟には新しいクルーも増えて、島々をめぐる二人の旅は
これからまだまだ続いていく。

(上野昌人)

店名 アーキペラゴ
住所 兵庫県丹波篠山市古市193-1 >>Google Mapへ
電話番号 079-595-1071
URL http://archipelago.me/
営業時間 11:00〜17:00
定休日:不定休(ウェブサイトで要確認)
アクセス:JR福知山線古市駅下車徒歩2分、舞鶴若狭道丹南篠山口ICから8分