目の眼京都迷店案内

其の六拾三kit(其の壱・改訂)

2022.05.10

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Kitのことについて書くのは3回目になる。つまり3回目の引っ越しをしたということだ。最初のお店を河原町丸太町に開いたのが2012年だから、もう10年前のことになる。最初のお店は古い町家を改装した店だったから、今から考えるとちょっと薄暗い感じがした。それがまた、一種独特の怪しい雰囲気を醸し出していたが、私は結構好きなお店だった。2番目のお店は、よく言えば気持ちの良い洒落た空間のお店であったが、控えめに言えば椹木知佳子という人でなくても作れたような空間だった。それが今度は西陣である。丸太町大宮通上ルと云えば京都の方はピンと来るだろうが、西陣のど真ん中にある町家を改装したお店だという。

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屋号の「Kit」については、以前の文にも書いているのでそちらを参照して戴きたいのだが(
*Kitの以前の記事
)、法人名としては「SANKAKUHA」という名前を使っている。なぜ三角なのか、一度聞いてみたいと思っていたのだが、その答えが「Kit」のウエブサイトに記されていたので、長くなるが引用させてもらうことにする。

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「三角形の話をしましょう。
ベンガラを塗った古い赤門に、ショッキングピンクの子ども用自転車が立てかけてありました。小さな正門を屈んでくぐり、石畳をステップして庭を通り抜け、重い扉をよいしょと開けると、そこは奥の台所まで続く土間と広がる吹き抜け。天窓から降り注ぐ陽の光の下にはイギリスアンティックなチークの大テーブルと食器棚が堂々と納っていました。土間に業務用の厨房機器を置いただけの素っ気なすぎるキッチン。小上がり前にずらりと並んだビルケンシュトック。クタクタになったキャンバスの工具袋やビビッドな色の登山用ウェア。ハコ買いしたポテトチップスうす塩味の段ボールすら素敵に見えるという不思議。陰翳の中に散らかったカラフルな色や素材が、和の中に同居する新しい文化が、幼い私の視覚にグサグサと入ってきました。むかし親戚一家が住んでいた家の記憶です。視覚はさておき。明治に建てられたこの赤門の家は、風や光が中を通り抜けていくような造りで縦も横も妙にスカスカしていました。なんだか巨大なハコの中に入っているような気分。底面に足をテン、と付けて立っている私はただの“もの”みたいでした。とても気持ちが良い。ハコの中で私は“もの”になりながら、大きく空気を吸いました。

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20年くらい前に、赤門の家のおばさんが「プラトンの三角形」という3mほどの巨大なドローイングを描いていました。細い鉛筆の線の束で三角形を成した鬼気迫る作品で、若干恐怖でしたが引きつけられました。正三角形に見えるけど微妙に違う。「少し角度が違うのよね…」などとおばさんが一言。線の角度が少し違うだけで多くの三角形が存在する。だから、人が三角形というかたちを思い描く時、それぞれのイメージは同じにはならない。要するに観念は共有できないということらしい。哲学の話。互いに見えない心を形に表した作品に深い衝撃と感動が訪れました。こんな風にも思います。私が描く三角形と誰かが描く三角形は違うかもしれませんが、組み合わさって別のかたちになれるとしたら素敵。私にとって、店はさまざまなかたちを繋げていく作業です。線と線が連なり、新しい世界が立ち上がる現象を見ていたい。時にはエラーもつきものですが、それも織り込み済みで。この先の10年がどうなるか想像もつきませんが、だからこそ楽しみでもあります。まずはハコの中にものをテン、と置くところから再びはじめます。」とある。

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これが昨年、西陣に移転した時の知佳子さんからのメッセージである。以前にも書いたことではあるが、私はなぜか椹木家の人たちとご縁がある。2002年に当時、吉祥寺にあったギャラリーJINで「赤門の家のおばさん」こと、エミコ・サワラギ・ギルバートさんのドローイングを観たのが一番最初の出逢いであった。次は世田谷の潺(せん)画廊のお茶室で、表装されたエミコさんの作品を観た。この2回は全く偶然によるものであったが、その後も青山のサンドリーズでのドローイング展、2009年茨城県立美術館で開かれた「眼を閉じて〜“見ることの現在”展」にも仏像を想起させるような大きなドローイングが展示されていたのを観た。そして2014年の横田茂ギャラリーで開かれたエミコさんの個展。この頃の私はエミコさんの作品を、行く先々で追いかけていたような気がする。
エミコ・サワラギ・ギルバートさんは京都の衣笠とアメリカのバーモントを行き来して作品を作っておられたが、最近はコロナ禍のせいもあり暫く京都には戻られていないという。そのチャコールペンシルで描かれた線描は、バーモント、あるいは京都の雨を想起させるが、どうしてこんなにも心に突き刺さるのだろうか。国立近代美術館には「三角形NOTION」「三角形」「プラトンの三角形」という3点を含む7点の作品が現在収蔵されているが、「プラトンの三角形」が知佳子さんが子どもの頃に見ていた作品なのであろうか。この記憶が彼女に深く刻み込まれたことは、想像に難くない。

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扱っているモノは最初の頃からほとんど変わっていないと知佳子さんはいうが、やはり少しずつ変化しているように私は想う。彼女のモノを見る眼は、ちょっと変わっていて、時々狂気を感じることがある。新しいお店に行った日は新潟からエフスタイルの二人が来ていたが、民藝の思想を体現したような二人の仕事とは対照的なモノが多かった。だがそんなカテゴライズを軽く越境してしまうのは、椹木知佳子という人の眼か。それとも叔母さん譲りの血なのだろうか。
実は私がお世話になっている今の家は、「赤門の家」のすぐそばにあり毎日のようにその前を通っている。主のいない赤門は閉ざされたままだが、庭に植えられた桜が毎年綺麗に咲く。それもやや遅れ気味に。偶然に導かれて私は8年前に衣笠に引っ越して来たのであるが、こんな巡り合わせもあるのだから人と人の縁とは不思議なものだ。知佳子さんにとっての「Kit」は、エミコさんと過ごした思い出の「ハコ」を再現することではないだろうか。私はそう想っている。

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(上野昌人)

店名 Kit / SANKAKUHA inc.
住所 京都市上京区一町目853-2 >>Google Mapへ
電話番号 075-744-6936
URL http://kit-s.info/
営業時間 12:00-18:00(火、水曜日定休)
アクセス:市バス堀川丸太町より徒歩3分