目の眼京都迷店案内

其の伍拾八立入好和堂

2021.12.18

 京都に来たばかりの頃、寺町で表具屋さんの展示会をたまたま観たことがある。應挙の絵や光悦の書があったので、その表具屋さんに「すごいですね」と話かけると、「いや、表具を見せるためにはこのくらいでないと」と言われて驚いた記憶がある。絵に釣り合う表具と普通は考えるが、表具屋さんから見ればそういうことなのかと妙に納得させられた。
 表具師の仕事は大きく分けると2つある。1つは昔からある作品の修復・保存、所謂コンサベーションだ。もう1つは、新しい作品、あるいは新しく展示・保存するための表装。両方とも大切な仕事であるが誤解を恐れずに言えば、どちらか言うと前者は職人的な仕事であり、後者は職人的な部分もあるが作家的な仕事でもある。

 表具師の村山秀紀さんとは、しかまファインアーツさんで初めてお目にかかった。かれこれ7、8年前のことであろうか。四釜さんがイギリスで仕入れてきたブックマーク(栞・しおり)を観にこられていた。名刺を頂戴すると、表具師さんだという。その時は何故、表具師さんがブックマークなのかと分からず仕舞いであったが、後でその理由を知ることになる。2度目にお目にかかったのは祇園祭の時で、御神輿を担いでおられた。村山さんのご町内は山鉾町ではないが、綾笠山のお手伝いをされているのだという。そして昨年、緙室(かわむろ)senさんに取材に伺った時、村山さんとの共同作品展「自在に緙ぐる」をされていたが、それはもはや表具の枠を超えたものであった。


 お父様は深川、御母堂は神田生まれということで、村山さんは生粋の江戸っ子である。それがどうして京都で表具師になったのだろうか。
 大学時代はマーケティングを勉強し、TV局でアルバイトに明け暮れる毎日だったという。TVや広告業界が絶頂だった頃のことだ。そんなバブル経済の真っ只中を東京で過ごしたにも関わらず、村山さんはマスコミではなく証券会社を就職先に選んだ。この頃の金融業界は潤沢な資金と高い金利を背景に、驚くような金額が飛び交っていた。そして28歳の時に結婚するのだが、それが村山さんの運命を大きく変えることになる。
「彼女の実家が京都の古い表具師の家で一人娘だったんです。義父にしてみたら腕のいい職人に跡を継がせたいと願っていたのかもしれません。それでも時折り京都に来て、彼女の実家に寄る度に打ち刷毛の音が聞こえ、真剣に仕事に打ち込んでいる職人さんの姿を目にすると、私の心に響いてくるものがありました。京都で修行するとはどういう事か、あと先考えずに30歳でこの道を選んでいました」。

 こうして村山さんの修業生活が始まることになる。当時は名工として認められていた番頭さんと、高校を卒業して修業に来ている4、5人の若者と職方がいた。普通は8年程修業し、実家の表具屋を継いだり独立するのだという。村山さんは5年ほどその番頭さんにみっちり仕事を学ぶことが出来たのだが、数年後に亡くなってしまい義父もその3年後、病に倒れてしまう。気がつくと修業中の2、3人の若者と自分だけになっていた。
「バブルが弾けると百貨店などの仕事が殆どなくなり流石に焦りました。そんな時に声を掛けてくださったのが鐡斎堂(てっさいどう)さんでした。秋野不矩(あきのふく)さんの作品を軸装するお話でしたが、その仕事が話題になり、ご覧になった編集者の方が別冊太陽で取り上げてくださいました。それがきっかけで仕事をあちこちから戴けるようになりました。また、あるデザイナーの個展をお手伝いする機会を得て、東京のギャラリーの方とも知り合いになり、後に東京で個展を開くようになりました」。
 ある時、こんなことがあったという。
「お客様から軸装を新調する際に、包装紙はそのままで良いと言われたことがありました。その頃は箱書と包装紙が揃って本物、の世界でしたから、これが一番悔しかったです。でも無我夢中でやっているうちに、気が付くとうちの包装紙で納品できる様になっていました」。


 修復されるモノ、表装されるモノ、観賞されるモノなど村山さんのところにはいろいろなモノが持ち込まれてくる。立入好和堂は村山さんで3代目だが、後継はいない。
「表具師は中軸(なかじく)という芯のところに、自分の名前を書き遺すんですね。自分が死んだ後で、表具師が本紙を捲(まく)った時に、村山という表具師がいて、こんな仕事をしていたというのが分かる。それをまた綺麗な軸にし直してくれることがあれば、こんな幸せなことはないわけです。常にその精神は忘れないようにしています」。


 2019年11月に日本橋髙島屋でおこなわれた「現代美術の室礼─村山秀紀の見立て─」展では、森村泰昌・名和晃平・束芋・伊庭靖子らの現代美術作家の作品を表装しているが、それらの作品とともにイギリスのブックマークや江戸時代の小袖を表装し、話題となった。本来、表装は本紙を引き立てるものであり、そこに表現を持ち込むことはよくないとされてきた。しかし村山さんはあえて表現を加えることによって、作品をさらに際立たせることにチャレンジした。


 金融業界という、手仕事とは対極の世界で生きてきた村山さんではあるが、その頃の体験がとても今の仕事に生かされているのではないだろうか。美大も出ずに美の世界で生きていくには、どうしても知識や技術だけでは足りない。美的センスを持ちあわせておられるのは勿論だが、マーケティングセンス、それもクライアントを驚かせ、喜ばせたいという、歌舞(かぶ)いた処。それこそが村山秀紀という表具師の最大の武器ではないかと私は想った。

(上野昌人)

店名 立入弘和堂(たちいりこうわどう)
住所 京都市中京区蛸薬師通富小路東入油屋町139 >>Google Mapへ
電話番号 075-221-4607
営業時間 10時~18時
定休日:土・日・祝日
アクセス:阪急京都線烏丸駅・市営地下鉄四条駅より徒歩7分、市営地下鉄烏丸御池駅より徒歩10分