目の眼京都迷店案内

其の伍拾七珈琲山居

2021.11.15

 大徳寺門前の大宮通は、堀川通と千本通の間にある。西陣のど真ん中を南北へ道は延び、京都市内を縦断している。私の好きな通りだ。その大宮通の北大路から北山間は新大宮商店街と呼ばれているが、最近、この界隈で若い人たちが面白いお店を始めているのをよく見かける。それらは古い商店街の中で、パズルのように違和感無くピタッと収まっているが、こうゆう歴史のある街に憧れてやってくるのだから、当然のことなのかもしれない。雑貨店もあれば、お蕎麦屋さん、カフェなど個性的なお店が多い。
 そして今回、ご紹介する「珈琲 山居」も、冷麺で有名な中華の「サカイ」のすぐ南に下がった処にある。オープンしたのが2019年の11月27日、約2年前である。なぜその日時を詳細に書いたかというと主人の居山貴行さんは、お客様から「いい船出(11・27)」の日だね、と言われたそうだが確かに覚え易い日にちだ。


 人が喫茶店を始めるのに、理由は人の数だけあるに違いない。貴行さんは昔から喫茶店巡りが好きだったという。大学で法律を勉強した後、2008年、産業用機器メーカーに就職するために京都にやって来た。学生時代から神保町を始め、京都の喫茶店にも頻繁に来ていたが、お寺とか所謂観光には興味はなく、ただ喫茶店にだけ来るためだったというから筋金入りのマニアだ。貴行さんは埼玉の川越生まれ。優子さんは山口で生まれ、高知と岡山で育った。そんな二人が大学時代に東京で出逢って、4年後に優子さんは先に仕事で京都に来ていた貴行さんと結婚する為にやって来る。そして二人は大宮通で喫茶店を開くようになるのだから、人の縁とは不思議なものだ。
「京都はこじんまりとまとまっているところがいいですよね。自転車でたいていの処には移動できますし。割と最初から京都に馴染んでました。喫茶店が好きで、いろんなお店を回っているうちに、珈琲自体にも興味が出てきて。自分で焙煎できることを知り、豆を焼く様になりました。焙煎を始めたのは2011年くらいですから、もうちょっとで10年です。最初は自分が飲むためだけにやってたんですけれど、友達に配ったりもしてました。そうこうしてるうちに豆を売ってくれと言われる様になり、だんだんその気になってきて(笑)」。
 貴行さんのどこに惹かれたのかと優子さんにお聞きすると、「安定感でしょうか」と笑いながら応えてくれた。堅い仕事から、転職することに不安はなかったのだろうか。
「豆を焙煎したあとの掃除だけは自分でしてください、って最初は言ってました。でも楽しそうにしてるから、まあいいかな、と黙認してました」と優子さん。その頃にはある程度、こうなる予感はあったのかもしれない。

 一方、貴行さんは、「流石に焙煎を始めたときにはお店を持つなんてことは考えてなかったのですが、何か自分で食い扶持を稼ぐというか、そういうことには元々興味がありました。ただそれがなんなのかというのは全く判ってなかったんですね。僕は人には恵まれていたので、会社では本当に皆さんによくしてもらいました。今も元同僚が店に来てくれますし、何か嫌で辞めた訳ではないのですが、どうせなら自分の力で何かやってみたいなと。いろいろ考えているうちに、それだったらこういうことを生業にするのもいいんじゃないかなと思い始めました。京都は面白い個人店が多いじゃないですか、東京ともやっぱり違いますし。自分は店の人と話をするのが得意な方じゃないですけれど、普段使う店が個性的な方ばかりだったというのもあって、こういう生き方もあるんだなといつも新鮮な気持になります。だから若し京都に住んでなければ、店をやるということはなかったと思います」と貴行さんはいう。

 そして二人の物件探しは始まり、半年くらいかけて今の場所に巡り合う。築85年くらいの物件は大宮通を歩いている時に、近所の不動産屋の貼り紙で見つけた。ファサードは瓦屋根と石垣があり、和の感じだった。中は一年前まで和装の小物とか帯とか、着物関係のモノを取り扱うお店が入っていたらしく、最初はピンと来なかったという。それを知人のお茶会で知り合った同年代の建築士と相談しながら、今の形に作りあげていった。名前の「山居」はもちろん「市中の山居」から来ているが、本当に静かでゆったりとした気持の良い空間となっている。
「初めて来た時は、どこまでできるかわからなかったのですが、直感というよりも、ここでやってみようかと腹を括りました。自分はあまり目立ちたくない性分なので、商店街のど真ん中、しかも四角で店をやるということに最初は戸惑いがあったんですが。店はもうちょっとひっそりしたイメージでしたし、最初は大丈夫かなとか思ったりしてました」。

 扱っている珈琲豆は5種類。豆の特長に合わせて、貴行さんが手動の焙煎器で焙煎しているが、思っていたよりもこの仕事が楽しいという。私のお気に入りは深煎りの南インド産の珈琲とチーズケーキの組み合わせだが、御菓子とケーキ造りは優子さんの仕事だ。
「実際にやってみると皆さん、お茶されるのが好きなんだなと想いました。人のこと言えないですけれど(笑)。時節柄、一人で来られてゆっくり本などを読んでいる方も増えましたが、その方の生活の一部にくみ込んでもらえてる、という実感があって嬉しいです」。 
 実は私は、貴行さんより妻の優子さんと先に知り合っていたが、それは優子さんが下鴨にある骨董屋さんでアルバイトをしていた時のことだ。その名残というわけではないのだろうが、お店にも朝鮮の古い器に花が挿してあるのも好ましい。音楽も二人の好きなジャズを中心に、懐かしいターンテーブルで当時の音が再現されている。これでは珈琲を飲みながら長居をしたくなるのも道理だ。珈琲の美味しさも大事だが、雰囲気のよい店が好きだという、貴行さんの想いがよく出ている。

 新幹線に乗って東京と京都を往復して描かれた二人の夢は、大宮通でお店として結実した。今、優子さんのお腹には新しい命が宿っている。若いというには少し薹(とう)は立ってはいるが、いい船出の日にスタートしたお店と京都の常の暮らしを愛している二人に幸多かれと私は願うばかりだ。

(上野昌人)

店名 珈琲山居(紫野上門前)
住所 京都市北区紫野上門前町107 >>Google Mapへ
電話番号 070-5431-6238
営業時間 12:00~18:00
定休日:火・水曜日
アクセス:地下鉄北大路駅徒歩15分、京都市バス大徳寺前下車5分