其の伍拾九PONTE
2022.01.14
昔からガラスは苦手だった。その儚さと美しさは、工芸や器に触れる機会が増えれば増えるほど、がさつな私には一番遠く離れた存在だったからだ。サントリー美術館が赤坂にあった頃、たまたまサントリー美術館大賞展を観に行ったのだが、その時の大賞を取られていたのが、イワタルリさんであった。そのガラスの固まりは、造形的なモノであったがまるで大地から切り出した凍土のようでもあり、私の心はすっかり射抜かれてしまった。こういうガラスもあるのかと、以来、型ものやサンドブラストなどガラスらしくないものからガラスに興味を持ち始めた。今、調べてみるとイワタルリさんがサントリー美術館大賞を取られたのは、1998年のことであったが、イワタルリさんが岩田藤七の孫である事も知らずにいた。無知とは恐ろしいものだ。
「PONTE」の佐藤貴美子さんとは、光象展で初めてお目にかかった。光象展とは圡樂窯の福森雅武さんのお声掛けで9年前に始まった、モノ作りに拘る関西の有志たちの展示会である。最初の数年は奈良の国際奈良学セミナーハウスで開かれていたが、この空間は開放的で光に満ちあふれ、誰が作家でお客なのかよく分からないような大らかさがあった。そこで貴美子さんはご主人の作られたガラス作品を並べて、お店番をされていたが、自然光の中でガラスの作品も御本人も伸び伸びしているように見えた。
そんな貴美子さんが、「PONTE」という名前のお店を開いたとお聞きしたのが7年前のことだ。しかも鍵善良房が開いた「ZEN CAFE」の隣である。どちらかと言うとおっとりした感じの貴美子さんが、「お店するの?」と失礼ながら思った記憶がある。そんな他人の大きな御世話やコロナ禍をもろともせず、お店は来年8年目を迎える。「PONTE」は、ご主人の佐藤聡さんが作られる吹きガラスだけを扱うガラス作品専門店である。ガラス専門店というのも珍しいが、しかもご主人の作品しか置かないという。ガラス専門店というと海外ではスウェーデンの「KOSTA BODA」やスロバキアの「RONA」、日本では「HOYA CRISTAL」や「KAGAMI CRISTAL」などガラスメーカーはたくさんあるが、個人でお店をしているのはとても珍しいと聞く。
貴美子さんは生まれも育ちも西陣である。しかも実家は北野天満宮の側だったので、子どもの頃は毎月25日は学校が終わると、200円を握りしめて天神さんに行き、友だちと型抜きやスマートボールをしていたという。キリスト系の短大では西洋美術、哲学、宗教を2年間学び、ハウスメーカーに就職した。最初の3年は秘書のような仕事をしていたが、新しい部署ができたのを機に設計部で企画の仕事に携わる。そこでご主人の聡さんと出逢い、1年後結婚するために退職する。
一方、聡さんは長野の佐久で生まれ、京都の城陽市で育った。大学と大学院で建築の勉強をした後、ハウスメーカーに就職する。元々何かモノを作る仕事をしたかったが、お父様に反対されて建築の道に進んだという。ところがハウスメーカーでは、実際には仕事が細分化されており、これは自分には向いてないと思い、3年勤めたところで小さな設計事務所に移るが、やはりモノ作りへの想いを絶ち難く、富山のガラス専門学校を再び受験することになる。
「夫が会社勤めに向いていないというのは分かっていましたから。もう、行ってらっしゃいという感じで送り出しました。やるんやったら早いほうがいいんちゃう? と。だって人生って短いですから。富山で2年学んだ後、学校で先生から紹介して戴いたドイツで少し学んで帰国しました。年齢も33歳になっていたので、今さらどこかで働くという訳にもいかず、もう独立するしかないなと腹を決めたというわけです」。その時には、お子さんも2人生まれいたというから、貴美子さんがいかに肝が座っていたのかがよく分かる話だ。
「最初は教室と制作とが半々くらいの割合でした。当時、京都にはガラス工房がなかったので、いろんな仕事を戴いたと言ってました。まだその頃ってタウンページとかしかない時代でしたから、それをみて注文がきたそうです。仏像の眼や龍の眼とか、仏師さんからそんな仕事を戴きました。教室にもたくさんの生徒さんが来られていたので、今から考えれば順調だったのかもしれません。京都ではガラス工房は珍しいし、工房を構えてやっている処というのはあまりなかったからでしょうか。その頃は山科に工房と教室を持っていました。去年の夏に工房を八瀬に引っ越しましたが、ほとんど大原ですね」。
聡さんの作るガラスは全て吹きガラスだ。私が最初に光象展で見た頃は、白のレースが入った食器類が中心だったが、今は表面をサンドブラストで仕上げた花瓶や不思議な球体の組み合わせた花入などに四季折々の花が生けられていて、白をベースにしたシックモダンなお店によく似合っている。
祇園の南側。花見小路と大和大路に挟まれた静かな一角にお店はあるが、コロナ禍の影響はなかったのだろうか。
「夫の作ったモノを販売するというのも大事な仕事なんですが、お料理屋さんなどと一緒に器を作っていくというのがこのお店が存在する意義でしょうか。一つ一つ打ち合わせしながらテストピースを作るので、全てオリジナルです。そのお店の持つ雰囲気、また照明などによって器の見え方も変わってくるため、出来るだけ事前に食事に行ってから作るようにしております」。
手仕事は誤魔化しが利かない。工芸の場合、作られたモノが、その人そのものであるからだ。何を持って誠実と言うのかは、人それぞれの物差しがあるので何とも言えないが、「PONTE」の器の美しさはご夫婦のこの誠実さから生まれているのではないだろうか。
天神さんの縁日を楽しみにしていた少女が、二人の子どもを育てながら、祇園の片隅でご主人の作ったガラス作品を売るお店の女将さんになった。モノ作りが楽しくて仕様がないというご主人との夫唱婦随はまだ始まったばかりだ。
店名 | PONTE(ポンテ) |
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住所 | 京都市東山区祇園町南側570-210 ZEN1F >>Google Mapへ |
電話番号 | 075-746-2125 |
URL | http://ponte-kyoto.com/ |
営業時間 | 11:30~18:00 |
定休日:月・火曜日、年末年始 アクセス:京阪鴨東線「祇園四条」駅徒歩5分、阪急京都線「河原町」駅徒歩7分 |