目の眼京都迷店案内

其の伍拾壱アンティークイリス 麩屋町ギャラリー

2021.05.18


 古美術・骨董をテーマにした小説と言えば、陳舜臣の『漢古印縁起』や志賀直哉の「万暦赤絵」などを想い出すが、骨董商をテーマにした小説となると、井伏鱒二の『珍品堂主人』や高橋治の『短夜』などがある。『骨董夜話』を始め、随筆やエッセイは枚挙に遑がないのだが、小説となると意外と数は少ないような気がする。「事実は小説よりも奇なり」というが古美術や骨董の世界では、フィクションより現実の方がもっとドラマチックであるということの証だろうか。
「アンティークイリス」を初めて覗いたのは、いつ頃であったかはっきり思い出せないが、今の場所に移ってから今年の3月で10周年とお聞きしたので、7、8年前のことであろうか。麸屋町通を御池通から下がると東に俵屋旅館、西に柊屋旅館が向き合い、更に三条通を下がると茶懐石で有名な炭屋旅館が東側に佇んでいる。老舗が並ぶこの通りを歩くと、思わず背筋が伸びるような気がする。大好きな通りである。その炭屋さんの南側に「アンティークイリス」はある。「イリス」はお花の「アイリス(あやめの総称)」のことでもあるが、もともとはギリシャ神話の虹の女神のことで、神々の使いとされる。だからとだろうか、私は女神に呼ばれてお店に入っていったような気がする。


「イリス」は竹内友彌人(ゆみと)さんと未生(みき)さんご夫妻が営む、西洋アンティークを中心に和骨董も扱うお店である。お店にはオランダのデルフトやイギリスのスリップウェア、古伊万里などの陶磁器が品のいい家具と共に置かれ、壁には時祷書(※)や羊皮紙の楽譜やトランプなどもさりげなく飾られている。お二人は同志社中学からの同級生でもあり、まさに同志と言えるのかもしれない。友彌人さんは大学卒業後別の仕事をしていたが、お店をやろうと思い立ったのは30年前のことだった。お二人は25歳の時に結婚されているが、お店を始めるまでにはもう少し時間が必要だった。



 友彌人さんは学生時代は剣道や射撃をしてい たが、生まれたのは西陣であったから、古いモ ノに囲まれて育った。奥様の未生さんは、中学2年生の時に御母堂と一緒に行った骨董屋で備前焼の猫の置物を、一カ月分の小遣い全部つぎ込んで買ったというから、幼少期から筋金入りの古美術好きなのである。そんなお二人が結婚したらお店を始めるのは必然のことだったのだろう。
 語学堪能な未生さんはフランス語の商業通訳をしていたので、外国の友だちがたくさんおられた。そんな関係もあって最初は日常的に使えるモノのお店にしようと思い、輸入雑貨の古いモノと新しいモノと両方置いているお店ということでスタートした。今ではセレクトショップなどで混ぜて売るのも普通になったが、「これは古いモノ、これは新しいモノ」とその都度お客様に説明する必要性があった。そこで新しいモノは止めて、古いモノだけにしてしまったのだという。
 古美術商は売ることよりも、仕入れをすることの方がたいへんなのである。今でこそインターネットでいろいろな情報が容易に手に入るが、30年くらい前はイギリスやオランダの骨董の新聞を定期購読するしかなかったという。
「京都ではガレとかティファニー、人形とかやってはるところとかはあったんですけれど、日常の雑器を扱うお店はほとんどなかったです。そこでお店を始めたんですけれど、暫くしたら西洋の古いモノを扱うお店がたくさん出来ました。私らが仕入れにいくのも、このお店は世界に一つしかないし、日本からでもわざわざ仕入れにいくというお店なんですけれど、自分の店もそういう店になりたいと想いました。そこで他所でやってへんものをせなということで、だんだんオランダのモノに変わってきて、多い時は年に5回くらい行っていたのですが、ホテルの人にオランダの骨董なんて日本で売れるの? なんて言われたり。30年くらい前はそういう認識やったんですね」。

 お二人の仕入れの苦労話などをお聞きするのは楽しい。あとから考えるとヒヤッとすることもあったという。
「初めは19世紀の食器みたいなモノが中心やったんですけれど、だんだん時代を遡ってきています。タイルも1600年代の古いモノ、デルフトは1600年代のものが中心やし、そこからもっと古いモノというと陶器より羊皮紙です。羊皮紙は1400年代のものが多いです」。
 モノがないと言われ続けているが、実際仕入れの現場ではどうなのだろう。
「スリップウエアの完品がほしいけど、次に売れる値段で探すとなると滅多にないし。色絵のタイルの状態のいいものとかいうとそれもなかなか見つからへんし。時祷書も花の絵のついた時祷書というと先ず持ってるお店もないんです。たまたま一冊本を買った方がいて、それをバラすっていうので、枚数まとめて買うからといって分けてもらったりとか。そういう方法でたまたま見つかるくらいなので、モノはあっても仕入れたいモノがない、という状況ですね」。
 お二人は基本的に「お店にあるものは何でも売る」というのをモットーにしているが、一つだけ売らないモノがある。それが「犬が糞をしている絵柄のタイル」である。浄土寺の自宅兼お店から麩屋町に移転する時に、オランダの友人が記念に贈ってくれたモノだ。高級紳士服店のショーウインドーに金色の犬と犬の落とし物のオブジェを見たことがあるから、おそらく犬がお店の前に立ち止まるという行為が縁起の良いことを意味してしているのではないかと友彌人さんはいう。日本の盛り塩みたいなものであろうか。


 コロナ禍で昨年は海外に一度もいけず、仕入れもままならなかった。しかしあと10年はこの仕事を続けたいとおっしゃるし、ぜひそうあってほしいと私も願う。お二人の京言葉のやりとりはとても聞いていても心地いい。仲睦まじく30年の時を重ねていることが、お話を伺っていてもこちらに伝わってくる。品揃えや設えはもちろんであるが、このお店が長く愛されている秘訣はこの居心地のよさにあるのではないだろうか。夫唱婦随という言葉があるが、ご夫婦で古美術商をされているお店は珍しい。それでは小説のモデルになるだろうかと考えてはみたが、円満な夫婦ではあまりドラマにならないかもしれない。夫唱婦随なのか婦唱夫随なのかはよく分からないのではあるが。


(上野昌人)

店名 アンティークイリス麩屋町ギャラリー
住所 京都市中京区白壁町435 - 2 >>Google Mapへ
電話番号 075 -708 - 2869
URL http://www.antiques-iris.com
営業時間 10:30〜17:00 月・火曜定休
アクセス:地下鉄烏丸御池駅5番出口より徒歩 8 分。地下鉄京都市役所前駅より徒歩 5 分。