目の眼京都迷店案内

其の四拾弐Antique & Art Masa

2020.07.10

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昨年からご縁を戴いて、インテリア・建築の専門学校でグラフィックデザインやデザイン史を教えている。教えているなんていうと烏滸がましく、実際には逆にいろいろ教えてもらっているという方が正しいのかもしれない。20歳の時、早々に教師の道をドロップアウトした私が40年の時を経て、教壇に立つことになるのだから人生とは不思議なものだと想う。デザイン史をどうやって学生たちに伝えようかと考えた時に、今まで自分が多少なりとも関わってきた柳宗悦や同時代の柳田国男、九鬼周造、和辻哲郎。そして鈴木大拙に西田幾多郎、折口信夫などの名前が一斉に私の裡で立ち上がってくることになった。明治・大正・昭和をまたいで生きて来た哲人たちに再び想いを馳せることになる。

そこで最近改めて考えるのが「間」のことである。書くことでいえば「行間」。「行間を読む」とは最近はあまり使われなくなったが、大切な言葉だ。言葉も道具である以上、件のSNS事件のように使い方を間違えると人を傷つけたり追いつめたりすることになる。だから「行間を読む」ことによって、文脈から書き手が何を伝えたいのかを読み手が汲み取ることで深く味わうことが出来るようになる。そして「空間」である。「本当に大切なものは、隠れて見えない」とある歌の文句にもあるが、想いや気持はモノに託して伝えることになるがモノは道具であるから、それを活かす「間」が必要になる。それが「空間」なのではないかと。

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在る時目の眼編集部から依頼があって、京都アンティークフェアの取材に行くことになった。京都アンティークフェアとは京都・竹田にあるパルスプラザという場所で、年3回開かれている西日本最大級の骨董の催事である。全国から300店以上のお店が集まることから、このイベントを楽しみにしている方も多いときく。和骨董から西洋アンティーク、家具や刀、ありとあらゆるものが並ぶので観て歩くだけでも楽しい。
伺ったのはちょうど一年前の初夏の催事であった。私が編集部に在籍していたのは10年以上前のことになるが、それでも懐かしい顔に逢うこともできたから有り難いことである。アンティークフェアは売り買いするのが一番の目的であるから、どのお店も処狭しとモノが並んでいる。そんな中で一軒だけ不思議なお店があった。とにかくモノがないのである。お花が活けられた花器と若干のモノが、簡単な板と家具の上に乗せられていた。お店には人もいない。DMが置いてあったので手に取って観ると「Antique & Art Masa」とあった。「どうりで、Masaのお店か」と私は独りごちた。

 

初めてMasaさんに逢ったのは、この連載でも出て戴いた「直珈琲」であった。二人とも坊主頭で兄弟のような雰囲気でもあるが、器や花の話に興じる様子を見ていると本当に仲がいいのだなと感じたことを想い出す。その後もいくつかの催事や雑誌の取材もあって今のお店に何度か足を運ぶようになった。Masaさんは1974年(昭和49)、京都の大山崎町に生まれた。大山崎といえば天王山、昔から桂川と宇治川と木津川が合流する交通の要地であり、風光明媚な土地柄である。国宝のお茶室・妙喜庵待庵を初め、柳宗悦らの民藝運動を支えた山本為三郎の旧居をそのまま使ったアサヒビール大山崎山荘美術館、建築家藤井厚二の旧宅・聴竹居など京都で一番小さい町でありながら、とても重要な遺跡や建築物がいろいろと遺っている処でもある。そういえばNHKの朝ドラ「マッサン」の舞台もここであった。Masaさんは高校生の頃から木工で家具を作っていたというから、それもこのような環境で育った影響であろうか。その素材として古材を探し始めたのが、骨董にのめり込むきっかけだったという。

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Masaさんの店はモノ好きにとっては、かなり危険な店だと想う。ここに入って手ぶらで出て来れる人はいないのではないだろうか。品数は沢山在れど、所謂ブロカントや骨董雑貨のお店とは違う。一つ一つきちんとモノを吟味し、時代や見所があるものを選んでいるように見える。須恵器はやはり花映りがいいし、古窯ものは存在感がある。使い込まれた真鍮やブリキの薬缶やモダンなカップ&ソーサは使い勝手も良さそうだ。能面の工程サンプルの型は、時間の流れを感じさせることができると仕入れたそうだ。また明治時代の土蔵の窓の鉄格子は現代美術の彫刻のようだ。古材をアレンジするのは昔から好きだったというMasaさんは、花入さえもお洒落に作ってしまう。

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この店に集うのは、単なるモノ好きだけではなくてクリエイティブな仕事を生業にしている人も多いに違いない。蒐めているモノだけではなくて、モノのレイアウト、空間の造り方、自然との調和の仕方など見所がたくさんあるからだ。そしてMasaさんのもう一つの大きな特長は、今の作家のクリエイティブと古いものを空間の中でコラボレートさせているところではないだろうか。私が驚いたのは、京都出身のデザイナーのお店の内装を、Masaさんが手がけたことである。後から考えれば、当然の成り行きだったのであろうか。また二条城傍にある、吉澤勝弘先生がプロデュースした白隠の作品が楽しめるカフェ「Cafe & Gallery 隠 ON」のインテリアもMasaさんが手がけた。このように最近はインテリアの仕事も多い。だからお店にはいつもいるわけでもないので、事前予約をお願いしている。それもお客様とじっくり話をした上で、いろいろと提案をしたいからだという。

私はMasaさんの本名は知ってはいるけれど、だれも本名では呼ばない。ある人は親愛の情を込めて、ある人は尊敬の念を込めて、Masaと呼ぶ。Masaさんはモノ好きであることは間違いないが、ファッションも含めたその生き方は現代の「間」を創り上げる表現者と呼ぶのに相応しい人だと私は想った。

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(上野昌人)

店名 Antique & Art Masa(アンティーク&アート マサ)
住所 京都市左京区下鴨松原町29 MUSEE102 >>Google Mapへ
電話番号 075-724-8600
URL art-masa.com
営業時間 基本的に完全予約制
京阪出町柳駅徒歩10分、市バス糺ノ森より徒歩3分