目の眼京都迷店案内

其の壱kit(改訂)

2019.05.08


*2022年5月改訂版(其の六拾三)はこちらから

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雑貨って何だろう、ふとそう思った。雑貨と日用品の違いとは何か、雑貨という言葉はいつごろから使われ始めたのか。疑問が次から次へと湧いてきた。辞書で引いてみると、「日常用のいろいろの商品。小間物。」とある。嗜好品という意味は見当たらないので、東急ハンズやロフトあたりができた頃から、雑貨に「お洒落」という意味が加わってきたのであろうか。今や生活必需品と嗜好品の境は曖昧である。例えば下ろし金。主に大根下しに使うモノである。シンプルな鉄の下ろし金もあれば、銅や白磁のブランド商品もある。デパートに行っても、何が日用品で雑貨なのか区別がよくわからない。それは区別する必要がないくらい、生活が豊かになったということであろうか。そういえば表参道の明治通沿いに「Zakka」というお店があったが、器や布などを販売していてお茶も飲め、いつもお洒落な女性たちで混雑していたのを思い出す。

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このコラムで第1回で取り上げた「kit」が引っ越した。新しいお店は河原町丸太町交差点の北西、毎日新聞社京都支局のモダンな建物の北側の角を西に向かい、突き当たりの住宅の並びの北西の角で営業を3月末から再開している。以前のお店は河原町沿いにあったが、諸事情により引越を余儀なくされたらしい。以前の場所からも歩いて5分ほどであるから、間違えて行ってしまったお客さんにもすぐ分かるようだ。営業2年目にして人気店となっている「kit」の主人は、かつて恵文社一乗寺店の副店長であった椹木知佳子さんである。恵文社一乗寺店といえば本好き少年少女のメッカでもあり、生活館とギャラリー・アンフェールはお洒落な雑貨を扱うお店として、女性誌やサブカル誌でも引っ張りだこである。その売り場責任者として展示会の企画・展示・販売を、またバイヤーとして活躍していたのが椹木さんなのである。

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その椹木さんが関西外語大学を卒業したあと、ちょっと意外な気もするが知的障碍者の家庭教師になった。その後知人の紹介で恵文社一乗寺店に勤めることになる。行かれたことがある方は分かると思うのだが、とてもモダンなレンガ作りの素敵なお店だ。サブカルチャーやアート、文学に特化したいわゆるセレクトショップのはしりの店である。そこで椹木さんは一つのビジネスモデルを作る。今では書籍と雑貨のコラボレーションは珍しくないが、ただのモダンな本屋から「文化やライフスタイルを売る」店に発展させた功績は非常に大きいと私は思う。「私は雑貨好きというよりはモノを売るのが好きなんだと想います」と椹木さんはいう。そして8年の勤務ののち、2012年に退社、独立することになる。

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実は彼女にはエミコ・サワラギ・ギルバートさんという叔母さんがいる。私は個人的にはその方と先に出会っているのだが、アメリカのバーモントと日本と半々に住み、バーモントや京都の時雨を描いたような線画がとても印象的な作家である。吉祥寺のある画廊で初めて見たとき、彼女の絵に強く惹かれた。その後いくつかの画廊で作品を見る機会を得たが印象は変わらず、茨城県立美術館で観た線画の作品は観音像のようであった。珍しい名前なので、椹木さんにお目にかかった時「私の好きな画家にエミコ・サワラギ・ギルバートさんていう方がいるのだけれど、ひょっとしたらご存知?」と聞くと、間髪を入れずに「叔母です」と答えが返ってきた。今はその家を出てしまっているのだが、龍安寺のそばの桜の木が見事なお宅に叔母さんは住んでおられるそうだ。そのお家で椹木さんは育った。とても古いが、美しいものに囲まれた素敵な家だったそうだ。椹木さんとは昔から知り合ような、不思議な感じがするのはその所為かもしれない。

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それはお店である「kit」にも感じることで、初めて来たのに懐かしい気がするのは、単に古いものも扱っているからだけでなく、彼女の持つ時間と空間を超えたキャラクターかもしれないと想った。そしてそのルーツは衣笠のお家にあり、「kit」はそこに繋がっているのかもしれない。今日もその魅力に惹き付けられた若者たちが、「kit」に集まる。お店は新しくなり2階が通常の販売スペースで、光がたくさん入る気持ちの良い空間になっている。1階の空間は展覧会やイベント用スペースで、暫くは催事をおこなう時だけ使用するようだ。個人的には以前の「kit」の方が椹木さんらしくて好きではあるが、きっとここから新しい「kit」の伝説が始まるのだろう。ただの雑貨以上の何かを売る店、それが「kit」であり、それを見つけ出すのが椹木知佳子であるからだ。

 

(上野昌人)

店名 Kit
住所 >>Google Mapへ
電話番号
URL http://kit-s.info/