目の眼京都迷店案内

其の壱拾七カフェ・モンタージュ

2019.05.09

_DSC0414 クラッシック音楽とはおよそ無縁な生活を送ってきた私ではあるが、意外なところで縁ができるから人生は不思議だ。恵比寿の骨董屋に3年ほど入り浸っていた時期があった。そのお店にはいろんな職業の方たちが夜な夜な集まってきて、いつも賑やかなお店だった。大学教授、サラリーマン、医者、そして近所に住んでる能楽師や指揮者の方もいた。骨董を好きな方たちとの年齢や職業を超えた付き合いは本当に楽しい。出張のお土産やらワインなど後から調べると、なかなか入手できないないようなモノもよくご馳走になった。皆さんおしなべて、クラッシックが好きで、伝統芸能に造詣が深く、美味しいものやワインが好きで、女性も大好き。要するに何に対しても好奇心が旺盛で、美しいものには目がないのが本当のモノ数寄なのだと私は想う。最初はお付き合いであったがお能を観に行くようになるのもこの頃だ。気がつくとすっかり楽しくなって、水道橋の宝生能楽堂に何度と通うようになるとは私自身想いも寄らないことであった。

_DSC0544 そんな私が今、一番嵌っているのがカフェ・モンタージュである。名前の通り普段はカフェであるが月に7、8回のコンサートを中心に演劇や朗読なども行っている。夷川通といえば家具の街であるが、かつて家具屋さんだった場所を改装して小劇場になっている。ビルの一階は目立たない作りではあるが、公演を行なう時には40人から多いときは50人は入るから半地下のホールは結構な広さだ。

_DSC0531お店がオープンして2年半ではあるが、すでにファンの間では知られたお店になっている。カフェ・モンタージュという名前がとても印象的で、気にはなっていたがクラッシックに疎い私はなかなか足が向かずにいた。ある時、バッハの無伴奏チェロというプログラムがあるということを知って、行ったのがきっかけだった。期待に違わぬ演奏で、その日から私のカフェ・モンタージュ通いが始まるのである。

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 オーナーの高田伸也さんは、痩身の背の高いどこかの大学院生という佇まいである。いつも演奏が始まる前に高田さんの前説があり、はにかみながらも時々交えるジョークも好ましく、クラッシックに不案内な私には大変ありがたい。高田さんは1974年生まれの40歳である。自宅にはお母様が教えていたピアノがあり、物心着いた頃には楽器をいじっていたそうだ。しかし実際にフルートを始めたのは10歳とやや遅く、高校生までの6年間だけ習っていた。演奏家になるのはちょっと違うな、と早々に見切りをつけ、21歳の時に大徳寺の裏にある古いピアノ工房で1年間楽器の修復と調律の修業したそうだ。その後アルバイトでお金を貯めて、念願のヨーロッパに音楽の勉強に行くことになる。スイスに1年、ウィーンに1年、ブタペストに2年。帰国後、さてこれからどうしようかと想っている時に、その後の展開に繋がるピアニストとの出会いがあった。自分のやるべきことが少しずつ見えてきたのであろうか、楽器の修理や調律を生業としながらコンサートの企画を始めることになる。

_DSC0500 戦略を練りながらも、実に思慮深く、細心の注意を払いつつその時を待つハンターのようなイメージは、お店で見せる高田さんの姿とはちょっと違っている。そしてやはり京都の人だなと想ったのは、助走段階から黒字になるモデルを模索していたことだった。ワンステージ2,000円で本物の音楽が楽しめるというのは客にはとてもありがたいことで、しかもステージ終了後にはドリンクまでついてくるのである。しかしこのやり方で赤字が続くようなら止めます、と断言する。今はプログラムがコンサートに偏っているので、劇場本来の姿、演劇や浄瑠璃などこの空間でしかできないことをやりたいそうだ。そして京都の街は造りやサイズがウィーンにとても良く似ているらしい。ウィーンではオペラやコンサートや演劇を観る人たちが、情報交換しながら楽しんでいる。高田さんはそのウィーンでの体験をカフェ・モンタージュで再現しようとしているのであろうか。

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_DSC0442 京響(京都市交響楽団)の才能ある若手奏者たちを中心に、繰り広げられるコンサートは実に楽しい。最近は東京や海外からもここを目指して演奏者がやって来る。個性豊かなアーチストたちの希望を叶えながら、猛獣使いのように飄々とプログラムを重ねてゆくのも高田さんの才能なのだろう。才能といえば、毎回のプログラムのチラシもなかなか凝ったもので、とても美しく、丁寧に作られている。これも大切な仕事の一つですから、とさらりと云われるがそれがなかなか大変なことであることは私にもよくわかる。そしてその高田さんを支えているのが玉井春美さんである。チラシ作りも元々編集者であった玉井さんのチェックが入り、一回ではなかなかOKが出ないという。もはやカフェ・モンタージュには無くてはならない存在なのだ。

 フロアの一番奥に100年もののスタンウェイのピアノが置いてある。今まで多くのピアニストがこのピアノを弾き、たくさんの人々がこの音を聴いたことだろう。海を渡り、今は京都のカフェの片隅にある一台のピアノ。高田さんはこのピアノを調律しながら、いろいろな人生の断片を見ているのかもしれない。今日もカフェ・モンタージュの1時間を楽しむために演奏者も聴衆もやってくる。この1時間にいろんな人生が交錯し、終わればみなそれぞれの人生に帰ってゆく。人の一生は長くても80年。このピアノそれを軽く越えて、これからもたくさんの人生を見送ることであろう。カフェ・モンタージュの主人公は、実はこの一台のピアノなのかもしれないと私はふと想った。

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(上野昌人)

店名 カフェ・モンタージュ
住所 京都市中京区五丁目239-1 >>Google Mapへ
電話番号 075-744-1070
URL http://www.cafe-montage.com/
営業時間 不定休(公演の都合により、営業時間が異なるのでウェブサイトにて事前に確認してください)